Archive   RSS   (Login)

to the unknown ground

ゆっくり、あるきはじめよう。 はじめのいーっぽ!!

Category: スポンサー広告

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Category: Rwanda

奇跡の国ルワンダ


ルワンダ


ほんの20年近く前に
私が小学生のときに
この現代の今でも、世界には多くの悲劇がある


ジェノサイドっていう言葉はまさにこの悲劇を指す言葉だと思う

ただあまりにも多くの犠牲を出してしまったこの事件に
ジェノサイドの言葉が認定されるまでには、世界も認めることに時間がかかった



ルワンダを訪れようと思った目的はひとつ
虐殺が起こったという事実を自分なりに考えたかったから
そして、その国の今を見たかった


国境を越えてすぐに気がついたのは
商店で買い物をしたら、紙袋に入れてくれるという事
この国ではビニール袋の使用が禁止されてる

首都のキガリでは、アフリカ独特の雑然さが全くなかった
見た目に赤土の道が続いていても、どことなく統制が取れていて、キチンとしてる

かつての悲劇を反省し、乗り越えて
国と国民が一丸となって著しい経済成長を遂げていることは「アフリカの奇跡」と呼ばれている


ルワンダに入る前に有名な映画
「ホテル・ルワンダ」と「ルワンダの涙」を見た

あまりにも衝撃的な映画の内容に、一本見た後続けざまにもう一本を見た
食い入るように映像を見て、どうしようもない思いと共に動悸が止まらなかった

きっと自分の中でしっかり捉えられたのはルワンダを出国してからなんだと思う



キガリにある虐殺記念館に向かい、自分の目でそれを感じる
生々しい大量の遺骨と入った瞬間から感じるやりきれない思いに、館内で思わず座り込んだ


同じ国に住み、隣の家に住む人たちが、民族差別を強いられた上で始まった隣人の狂気
考えてはいけないことだけれども、道で今、私の前を普通に通り過ぎる人達の中に、この事実を実際に経験し、
殺人者という差別の被害者になった人たちがいるのかもしれない
そう思うと決して過去の話ではないんだって思った


記念館の2Fには他国で起きた虐殺についても展示されていた
その中で恐らく私たちが学校で勉強してきて一番知っているのがナチのホロコーストだろう
でもそれは私の中では教科書で習った「過去」の負の歴史だ

あれだけの民族抹殺という恐ろしい計画を、世界中が経験して知識として勉強して理解したであろう事なのに
それから50年経った現代で、何度もそれを繰り返してる
そのことが一番衝撃な事

今、この瞬間でも起こってる
中国とチベットも、イスラエルとパレスチナも、私が知らない世界のどこかででも
「自分と違う民族を消し去ろうとする」って恐ろしい考えが生きてる

国と国
民族と民族
宗教と宗教

やっぱり日本っていうひとつの同じ島国の民族の中で生まれた自分には
それがどうして引き金になるのかが、理性で全く理解できない


映画の中で言っていた
他国からきた外国人が言ってた台詞
「私から見ればツチ族もフツ族も同じルワンダ人です」




そして知らなかった事実の中で、もっとも悲しさと怒りを覚えた事がひとつ


この悲劇を世界が止められなかった、という事


もっと複雑な内情があったのかもしれないけれど、私が足りない知識と思考力で解釈したのはこうだった
世界の平和の為に動くはずの国連は、アフリカの小国であるルワンダ、つまり大国にとって無益な国であるルワンダに対して
虐殺が起こってる最中に、最終的には撤退をしっていった

つまり世界が見捨てたっていうこと
そう理解してしまう

実際にその後調べた中で
同時期に起こったボスニア内戦に、国連と大国達は大きな支援を送っていた
お金も、軍事力も
それはきっとどこかで自分達のすぐ隣で起きてる事だったからなんだと思う

ルワンダ虐殺の犠牲者数と期間と、ボスニア内戦は
数字の上で言ったら本当に桁がひとけた違う

もちろんどちらも比べるものでない悲劇だけれども
その中でアフリカの中のルワンダの話は、どこかで自分達の事ではないんだって思いがあった気がする


【ルワンダ虐殺】
発端から収束までの期間:100日間
犠牲者数:50~100万名(当時の国民の10%~20%)
当時の国民構成:ツチ族15%・フツ族84%

標的になったツチ族のほかにツチ族を守ろうとしたフツ族もまた標的になった


これを知って驚愕する人は私だけでなくみんなだと思う
でも実際にあの時、世界は、この事実を止められなかった、この場所から撤退していった
そして全てが終焉した後に、力とお金を支援していった

ジェノサイドの終結に動いたのは、見捨てられた同じルワンダの中の人たちだった
そしてジェノサイドの発端になったのは、かつての統治国が敷いた民族の優遇差別からだった


世界が作ってしまったのに、世界が止められなかった

この事がどうしても悲しくて、やりきれなくて、どうしようもない思いになった




私たちは、今ルワンダを訪れて、知る事と考える事が出来た
実際に行くまでに知らなかった歴史の事実を、今また自分で知ろうとしてる
旅をする中で、その土地を自分の目で見る事、それが一番大きな事だと思う

ルワンダのジェノサイドを
世界の平和を
この赤土の土地を踏んで、考えるきっかけになった


ルワンダから隣国タンザニアに抜ける国境は
小さな川で隔たれた何もない小さな小さな田舎村だった

①


②


食堂の川が見えるテラスでご飯を食べてたら
下から子供たちが大声で笑顔で話しかけてきた
平和そのもののよくある田舎の風景

でもこの国であった事を
今私は考える事が出来てよかった

本当にそう思う


③


悲劇を経験した親から生まれた子供たちは
いつもと変わらない笑顔で、いつも変わらない無限の可能性を持ってる
この子達がいる限り、ルワンダの「奇跡」はこれからも続いてくんだ


子供達を見て、自分もまた世界を見続けていこうと思った



ルワンダに滞在してた数日を経て
今こうして書いている時にも胸の動悸が止まらない


きっと今、私はあのルワンダでの滞在を
自分の中で捉えられたと思う





スポンサーサイト
01 | 02  (2017) | 03
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 - - - -
プロフィール

GOEMON27

Author:GOEMON27
人が好き
旅が好き
山が好き
バイクが好き

そう、ずっと地球を歩きたかった。

人生の相棒と2人で
遥かなる大地へ

検索フォーム
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。